りぃだあのブログ

2024-03-07 19:56:00

「劇男賽己楼」の話

前のブログと一緒に飛んで行ったお話の中に「劇男賽己楼(ゲキダン サイコロ)」があります。

以前書いてからだいぶ経つので改めて触れてみると、自分が大学生の頃に所属していた路上パフォーマンス集団で、一世風靡セピアさんのコピーから入ったパフォーマンスをしていました(団体の名前もセピアの母体である「劇男一世風靡」から来ています)。

最も活動していた時期には月2回ぐらいのペースで大阪城公園と、JR京橋駅(の前に停めてある自転車たちを一斉にどかしてスペースを作るという、今なら迷惑防止条例違反で送検されそうなことをやりつつ)でゲリラ的に踊ってすぐ逃げる(ん?)ということをしていました。

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こんな雰囲気ですね。ワタシだって3○年前はこんな感じでした(^^;

芸能集団(?)として何か爪痕を残したか?と言われると「答えはNo」で、結局アマチュアの域は出なかったわけですが、そのとき身につけた「運営のノウハウ」と「知らない人たちの前で突然パフォーマンスする○ソ度胸」は、後に現在の活動で活かされることになります。ハタケは全然違いますけど気にしない(笑)。

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なんで突然この話を掘り起こしたかと言うと昨日その時のメンバーと久しぶりに食事して、持参してきた「当時の動画」を見ながら思い出話に花が咲いたからなのですが(^-^)、おおよそ3年ぐらいの活動期間の中で、「デビュー当時」と「約2年半後」の動きを連続で観ると、同じことをやっているはずなのにやっぱり「何かが違う」んですよね。

「何が違うのか?」をとてもじゃないけど説明できなかったりもしますが。

2年半も続ければ当然振付が自然な動作の一部みたいになっていたのもあるものの、自分限定で言うとデビュー時は「1,2,3,4」というカウントに合わせて動いているのが、2年半後には「1,(1.5),2,(2.5),3,(3.5),4」みたいに妙な「余計な動作」が加わっていて、でも基本の音は外していないという小賢しいことをしているわけです(笑)。

いま殺陣をやっていても、慣れてくるとそういうことをしたくなる時があるので元々の自分の本質なんだと思いますが。

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今と違うのは、当時は「振りをつけてもらう」ばかりで、でも「見ていると段々できるようになってくる」自分の特性のせいで他人よりは割と覚えが早いというか時間に余裕ができるというか…なので、その分いらんことを考えたがったんでしょうね。おそらく。

ちなみにこの「見てたら何となくできるようになる」特性は、きっちり娘に受け継がれているようで嬉しくなります(^^)。

いわゆる「見取りの力」が発達しているんだと思いますが、この特性が将来何らかの形で娘の役に立ってくれたら父としては嬉しい限りです。

 

自分のパフォーマンスの原点ともいえる「劇男賽己楼」の話、今後もたまーに登場すると思いますm(__)m